「民主党、遂に道路特定財源戦争に勝利」
民主党は先の日銀総裁任命に不同意を表明して参議院第一党の意志を始めて行使したが、国会決意で与党提案を否決して廃案にしたのは初めてである。
暫定税率の廃止によって、とにかくガソリン価格が25円下がったのである。
福田や伊吹は税収が大幅に減額し、地方自治体が予算の組み替えで年度計画が大幅に狂うとか、社会的混乱を招くとか御託を並べていたが奴らが煽りあげたような事態は全くと言っていいほど発生していない。
混乱を生ずるどころか、ガソリン代の値下げを全国民は支持し大喜びしているし、諸物価が次々に値上がりして国民生活を苦しめている中で唯一の値下げなので市民は余計に有り難味を感じている。
この国民の大きな喜びに福田は早々と水をかけるように四月末での衆議院での再可決を匂わせていたが、何とも国民の意志を無視した馬鹿げた発言である。
一度値下げの喜びを味わった国民の神経を逆撫でするような政治行動に対して、日本国民が大人しく我慢すると考えているとすれば福田政権も終焉である。
政府与党の阿呆どもは憲法規定を己の都合のよいように解釈して、衆議院での三分の二条項をあげつらうが、それ程現憲法を尊重したいのであれば軍隊の保持を禁止している憲法に順じて即自衛隊は解散ということになる。
それに何でもかんでも全て衆議院の三分の二条項で決定できるのであれば本当に参議院は必要ないことになる。
その意味でも民主党は参議院の存在価値を維持するために如何なる方法を講じても福田のゴリ押しを阻止しなければならない。
先の海自補給艦のインド洋派遣と今回の税率廃止とは根本的に違う一番の理由は、直接国民生活に影響したか否かである。
なるほど両方とも税金問題ではあるが、海自派遣の場合は目に見える形で国民の懐に直接影響していないので、大半の国民は他人事だとの思いだった。
ところが今回のガソリン価格は直接国民を大きく直撃しているのである。
日本人特有の「我関せず」と言って無視するわけにはいかないのである。
だとすれば民主党は全員が街頭に立って、月末に計画している福田の政策を逆手にとってガソリン価格低位継続運動を積極的に展開すべきである。
自民の国会暴挙を押さえ込むには国民運動以外に方策はない。
2008年4月2日
「完全に自民党の“提灯持ち、太鼓持ち、金魚のフン”に成り下がった公明党を、貧乏集団創価学会員は本気で支持しているのか?」
かつて小泉政権下で自衛隊のイラク派遣論争が激化していたときに、当時の公明党神崎党首が自民党のお先棒を担いでイラクの隣国クエートを訪問するパフォーマンスを行って恥をかいたことがある。
アメリカの要望でイラクに自衛隊を派遣することを米国と約束した小泉としては、何としてもブッシュ親分との約束を履行したかったのだが、初の自衛隊海外 派遣だけに国論もかなり対立していた状況下で、神崎は元来の自衛隊海外派遣反対という公明党の政策を大転換して、自衛隊派遣の提灯持ちを果たした。
自民党政権存続の為には平気でマニフェストを変更する公明党だから、今回の道路特定財源問題で自民党の言いなりになるのも仕方がないが、それにしても低 所得者層を基盤にしている公明党支持母体の創価学会員が一度値下げされたガソリン価格の再値上げに本気で賛成するのだろうか。
食料品をはじめあ らゆる生活関連物資が値上がりし国民生活を更なる苦境に落とし入れている中で、唯一値下げされたガソリン価格をたったの一ヶ月後に再値 上げを目論む自公の行動に対して、もしも本気で創価学会員が従属するとすれば、これは日本国家を滅ぼしかねない邪教集団である。
ガソリン価格が下がったことを喜ばない国民は皆無であろうし、その喜びは低所得の創価学会員にとっては更なる喜びのはずである。
それにも拘わらず個人の利益を犠牲にしてまで創価学会指導部の方針に従い行動するとすれば、これはすでに正当な宗教活動とは言いがたい。
日本国の国益の為に創価学会員が私欲を捨て奉仕するのであれば日本国民として素晴らしい集団であるが、今回の公明党の政治行動は国家の方針を間違えた方向に導く自民党道路族への迎合であり、日本国を危うくする共犯である。
道路特定財源暫定税率の衆議院での再可決には自民党員が16名反対に回れば否決されるとマスコミは報じている。
現在衆議院議員は480名で自民党305名、公明党30名で与党は335名だから、3分の2条項は320名なので自民党から16名が反対に回れば再可決は否定されるわけだ。
現在自民党内では反対者が16名を上回るのは確実といわれている。
2008年4月4日
「危機管理不在を証明した福田や知事会の泣き言」
三月末での道路暫定税源廃止で税収不足になることを論って、その責任を民主党に覆いかぶせようとしているが、予測された参議院での否決すら想定せずに勝 手に独り相撲をやった結果であり、これぞ政府も知事どもも全く非常事態に対応する能力を有しないことを自ら証明したような失態である。
因みにアサヒニュースターのパックインジャーナルで司会の愛川欽也がこの問題を取り上げ全く我輩と同じ意見だった。
曰く「福田も知事たちも財収不足ばかり嘆いているが、収入が止まれば工事を中断すれば済むことですよ。 国民はガソリン代が25円下がったことで久ぶ りに嬉しい気持ちになれているのだから、その国民のささやかな幸せは絶対に守らねばならないし、如何なる事情があろうとも税金の再値上げは阻止するべきで す。 道路特定税率問題では大手新聞社が一斉に民主党の対応を批判しているのも、本来国民の立場で報道すべきなのに誠に怪しからぬ姿勢であります。 あ のような出鱈目な予算の横領のような無駄使いをやりっぱなしの国土交通省とその外郭団体の違法、横暴行為を認めて更にまだまだ血税の無駄使いを継続せよと いうのですかな?」と。
この番組は毎週土曜日の11時から13時まで数人のコメンテーイターを相手に行われ、つい先日満十年の節目である500回を記録したそうである。
いわゆるメジャーテレビの番組では無いので視聴率は大して高くはないだろうが、それにしても十年間の長期間継続していることは結構愛川欽也の根強いファンがいることの証明であろう。
アサヒテレビも営利会社だから、全く世間的反応が鈍ければ十年間も継続を認めるわけがないし、我輩は個人的にもまだまだ継続してほしいと思う。
ところで北京オリンピックの聖火?が花の都パリで始まったが、良識あるフランス国民や在仏外国人平和運動家たちにより、中国のチベット人弾圧行為に激しく抗議して度々聖火行進が妨げられ、聖火は消されるという惨憺たる事態に発展したことを大々的に報じている。
世界各国はこの混乱振りを詳細に報道しているのに、中国国内ではこれらの反対行動は全く触れられず、フランス国民の熱烈な歓迎のもと無事目的地まで聖火 ランナーは到着したと報じている。 このような偽報道管制を強行する国の親分などに日本の土を絶対に踏ませるな! 汚らわしい。
2008年4月8日
「何とも情けない党首討論に於ける一国の首相の泣き言」
福田の下手な猿芝居かどこまで本音かは知らないが、討論の途中から冷静さを失い、全く一国の為政者の品格は皆無の惨憺たる応答ぶりだった。
最も福田に日本国の首相としての品格を求めること自体が土台無理であることを承知の上での話ではあるが、そんな奴が選ばれたのも突き詰めれば我々国民にも責任の一端があることを反省しなければならないことも事実である。
それにしても大体“党首討論”とは一体何を誰の為に何を討論する場なのか我がボケ頭には分からないし、善良な国民も理解できなかったのではないかと思うくらいの単なるパフォーマンスだった。
福田は回答に窮するような小沢の質問には一切答えず、ただひたすら小沢や民主党に対する嫌味や愚痴ばかりを羅列し、一国の最高指揮官たる姿勢は皆無で、自ら日本国の舵取り能力の無さを国民に公表したのも同然である。
民主党は先の参議院選挙の大勝で大げさに言えば“千載一遇”のチャンスを勝ち得たわけだから日銀人事で積年の?つまり長年にわたり自民党が勝手気ままに決めてきたお返しの意味で少しは反対するのは政治の常道である。
大体政策や政治行動はすべて政治屋どもの私利私欲が基盤であり、理屈はあとから付け足してもっともらしい理由付けをするものである。
後付の最たる法律のひとつが所謂“道路特定財源の暫定税率”である。
暫定と言いながら40年以上も継続するなど、どのように考えても理屈に合わないことは明白であり、その明白な事実をいろいろ屁理屈をこね回しながら騙し騙し今日までひきずってきたわけである。
小沢民主党には参議院の多数を徹底的に自己主張を貫いてほしいが、小沢が党首の座に固執してあまり強引に己の考えを強行すれば、民主党内がバラバラに分裂して労せずして福田自民党を利するだけである。
分解させないことが最優先でなければならないし、小沢も結構歳を重ねたわけだから、過去と同じ失敗だけは繰り返してほしくない。
正直なところ我輩は小沢ファンでも民主党シンパでもなんでもないが、とにかくあまりにも長きに亘る自民党支配にウンザリしているのである。
議席を世襲すること自体が先ず政治の私物化であり、福田もまたその象徴的人物である意味でも早期にお引取り願わねばならないのだ。
2008年4月11日
「70歳以上、中でも75歳以上の老齢者は“早々に死んでしまえ”というのが、後期高齢者医療制度(長寿医療制度)の趣旨である。」
75歳以上の国民から新たに健康保険料を年間8万以上徴収する改悪である。
それも僅かな年金から勝手に差し引くやり方で、それでなくても生活必需品の値上がりで年金だけでは老後の生活が出来ない人たちが急激に増えているのに、年金から先取りする全く血も涙もない非人間的な行為は絶対に許せない。
70歳以上といえば大戦の混乱期を経験し、戦後の食料品不足で苦労しながら何とか生き延び、命懸けで働き今日の日本国を構築するため精進した層であり、彼らが敗戦の屈辱から立ち上がったからこそ今日の日本がある。
自民党の我利我利亡者どもは己の私欲しか考えないので、この程度の非人間的改悪を何の躊躇もなく押し切ろうとしたのだろうが、解せないのは本来“弱者の 味方”を標榜してきた創価学会の手先公明党が何故社会的最大弱者である75歳以上高齢者を切り捨てる改悪を阻止しないのかが一番問題である。
このような高齢者残虐法改正を容認するのであれば、池田大作が国民及び学会員に向かって創価学会は“弱者の味方から弱者の敵”に乗り換えたことを明言し、嘘つき政党公明党をただちに解散して国民にお詫びせよ。
それにしてもこの長寿医療制度はもちろんだが医療問題に関心を示すパフォーマンスのために福田が取った唯一の行動が、都内にある国立成育医療センターの急遽視察である。
東京ど真ん中のそれも最先端の国立病院を視察して、現在抱えている医療行政問題の何を理解したというのか、阿呆らしい限りである。
訪問先の記者会見での中で取り上げた高齢者医療問題では、己も70歳以上の高齢者のくせに、まるで他人ごとの口ぶりで弁解しただけである。
わざわざ病院に出向いて話さなくとも日常のぶら下がり会見で十分である。
“後期高齢者”という表現がいかにも分かりにくいし、“姥捨て山“の響きがあるという世評を気にしてか、”長寿医療“に切り替えようとしているらしいが、
肝心の中身を充実させなければ名前だけの変更など全くの無駄である。
福田もいよいよ支持率が20%台に落ちたのでなりふり構わずパフォーマンス政治に突入し自爆である。
2008年4月15日
「チベット暴動で中国に全く忠告しない福田の軟弱姿勢」
チベット自治区や隣接のチベット人居住区でかなり大規模な暴動が発生し、中国政府が武力で制圧した為に僧侶を初め多数の死傷者が出ていることは報道の通りであろう。
北京オリンピックを数ヶ月後に控えて、チベット初め国内の不穏な状況を覆い隠す為に胡錦濤以下政府幹部は徹底的な報道管制を敷き、国外に暴動の実態を知らせないように非常に神経を使っている。
そのような背景の中で聖火を世界のあちこちに形振り構わず走らせるので、行く先々で大混乱を生じている。
聖火を取り囲んで走っている警備員は中国政府が派遣した特殊部隊メンバーとのことだが、豪州の新首相は親中国派と云われながら自国では中国の警備員の同行は断ると明言している。
日本も現状では長野市を走る予定らしいが、日本にとって全くプラス要因の無い聖火ランニングをこの際はっきりと断るべきである。
イギリス、フランス、ドイツ、イタリヤ等の欧米各国首脳は、中国政府のチベット問題に抗議して北京オリンピック開会式には出席しないことを発表した。
米国を除く世界の多数の首脳が中国の人権無視政策に抗議して欠席することを表明しているのに、福田は未だこの件に関しては全然中国に警告を発していないし、たまたま環境問題国際会議で胡錦濤と同席した鴨下環境相に文書を手渡させただけである。
中国との交流に我輩は反対であるが、本気で中国と話し合いするのであれば豪州首相のように相手の嫌がることでも堂々と忠告してこそ一国の指揮官の取るべき姿勢であり、国益に繋がる行動である。
先日、自民党と公明党の幹事長が雁首揃えて北京に行き胡錦濤に面会したとの報道を見て、これまた福田の頼みでのこのこ出かけたのだろうが、「頼む阿呆に頼まれる阿呆」でほんまにどっちもどっちと呆れた次第。
このような状況下でわざわざ訪ねられた胡錦濤の方が驚いたと思うが、親分の回答は「暴動を起したのはダライ・ラマであり悪いのはすべてダライである」と云われて、幹事長どもは手ぶらで帰国したわけで税金の無駄使いである。
2008年4月17日
「日本政策金融公庫(株)設立 雑感」
16日、中小企業金融公庫や国民生活金融公庫などが統合して十月に発足する日本政策金融公庫の設立委員会初会合が開かれ、政府は日本経団連の御手洗会長を委員長に選んだ。
そこで先ず我ボケ頭なりに考えて理解し兼ねるのは、新会社は中小企業を中心に貸付対象とする金融会社ではないのかという疑問である。
そうだとすれば何故、大企業集団の経団連の親分を委員長に据えるのか。
本当に中小企業の実態に精通した適当な人物、例えば中小企業経営に長年たずさわってきた人物や中小企業団体の経験者等いるのではないかということ。
参考までに統合機関を調べてみたら、中小企業金融公庫 7兆6000億円、
国民生活金融公庫 7兆8400億円、農林漁業金融公庫 3兆3000億円、
国際協力銀行(一部統合)(海外経済協力基金)9兆9000億円、(日本輸出入銀行)11兆8600億円 合計 40兆5000億円の資金量である。
資金量的には“りそな銀行グループ”とほぼ同額のミニメガ金融機関が十月に誕生するのだが、スタート当初は政府が株式を全額保有するので急激な民営化は期待できまい。
中小企業、国民生活、農林漁業の三金融公庫の統合ならば、我国の中小企業政策を強化する観点からの再編成との趣旨が読みとれるが、東南アジアの発展途上国を主たる融資援助先とする国際協力銀行まで含める理由が理解できない。
バブル崩壊後の長期に亘る中小企業を取り巻く厳しい経営環境下で弱体化した経営体質を援助、支援するための再編成ならば、長年中小企業経営に携わる者として非常に喜ばしいし心強い金融機関の誕生である。
そうだとすれば先の大戦で迷惑をかけた東南アジア諸国の皆さんにも、戦後62年が経過して、それなりの償いも終了したはずだし彼らの国々もそれなりに発 展し力を蓄えてきたので、今後は国際銀行が融資金を回収する方向に転換し、それらの資金を我国の中小企業再生資金として積極的に投入するのであれば、今回 の不可解な統合劇も理解できるというものだ。
日本政策金融公庫株式会社が名称と組織を変えただけの従来どおりの官僚の天下り先に過ぎないとしたら、長年に亘る中小企業経営者の端くれとして絶対に許せないところである。
2008年4月18日
「オリンピック代表選出方法に違和感あり。公明正大な水泳。黒い霧選出方法の柔道。」
我輩は中国にオリンピック開催の資格は無いとの思考なので、日本代表選出方法に異議を唱えること自体にあまり意味がないことを承知の上で、水泳選手と柔道選手の選び方にあまりの落差の大きさについ取り上げることにした。
先ず公明正大な日本水泳協会の選出方法は非常にシンプルである。
北京オリンピック代表選考会を兼ねた競泳日本選手権が東京国際水泳場で行われているが、過去の実績は全く参考にせず、オリンピック標準記録を上回ってなおかつ二位以内の条件を満たした選手を自動的に選んでいる。
直近の大会で如何なる高記録を残しても一切代表選考には関係ない。
つまりオリンピック開催年の日本選手権が唯一の選考レースなのである。
所謂、一発勝負で代表を決めるのである。
ところが柔道のオリンピック代表の選び方は全く常識外の選出方法である。
オリンピック代表選考会なる大会を開催しておきながら、その大会での優勝者を殆ど代表に選んでいないのである。
過去の世界大会や欧州主要国での国際大会での実績を参考?にして最終的に代表選手を決定しているのである。
代表選手の発表会見で女子代表選考委員長なる人物が、選考経過については一切解答できないので全ての質問を拒否したことである。
裏を返せば、代表選考過程が不明朗故に説明が不可能であることを自ら告白したようなもので、ひとごとながらあまりに理不尽、不条理なので取り上げた。
本来日本代表選手というのは、名実ともに日本選手権で優勝した選手が選ばれるのが社会的、国民的常識である。
各重量級での優勝を目指して真剣な稽古を積んで、やっとの思いで優勝を獲得したにも拘わらず、代表選手に選ばれなかった選手の心情を考えたときに日本はスポーツの世界までが不条理だらけの政界並みに堕落してしまったのか。
公平に選出された日本代表が例え好結果を残せなくともよいではないか、もともとオリンピックは参加することに意義があると云われているのだから。
柔道選手には“日本代表”の肩書きを与えずにトヨタ等の会社の名前で出場させたら如何なものか。
2008年4月19日
「長野善光寺・北京オリンピック聖火出発点辞退の英断に敬意」
中国のチベット人権侵害に優柔不断な対応に終始する福田に対し、今回の善光寺の辞退は我々日本人の溜飲を下げるに格好の行為であった。
小泉退陣以後の日本の対中国政策、特に福田政権は中国に押されっぱなし、やられっぱなし、迎合しっぱなしで国民の不満、フラストレイションは相当高まっていたわけであり、そのような状況下での善光寺の決断は素晴らしい。
今回の善光寺の決断のお陰で善光寺への興味が深まり背景を調べてみた。
創建は644年で仏教が諸派に分かれる以前の寺院で天台宗、浄土宗の別格本山である。
最近の寺院に対する国民の印象は、観光と葬式仏教の金儲け主義の宗教であるとの認識が強いが、今回の善光寺の英断はその意味で高く評価できる。
この際、聖火リレーの受け皿である長野市も善光寺の行動を見習って中国に聖火パフォーマンスを返上したらどうだ。
中国国内は別に世界の参加都市は約20箇所ですでに半数位は終了しているが、当初の計画どおりのコースや段取りで実行された都市は殆ど無い。
事前に発表されたコースを主催者が勝手に変更して市民を騙したり、市街を全く走らずに陸上競技場の中だけで実施したり、聖火は途中で度々消したり、一体何を目的に聖火リレーを継続しているのか全く理解できない。
一言でいえば中国の面子を保つために各都市が仕方なく協力しているのが実態で、このような中国のパフォーマンスに長野市が協力したら市長は国賊だよ。
今からでも遅くはないから、長野市鷲沢市長は長野市民の名誉の為にも断固として聖火リレーを辞退すべきである。
先日、未完成のオリンピック会場の工事を中断してまで一部競技を開催して会場を公開したが、反って工事の進捗状況の遅れを世界に晒す結果になり五輪開催に一層不安をかきたてた。
更に北京の排気ガス公害に対する選手の不安を解消するために、参加選手を招待してマラソンコースの試走会を行ったが、これも主催者側の思惑に反して選手の不安を一層増大させた。
試走した日本のマラソンランナーの一人は、靴やシャツがかなり汚れて空気汚染の厳しさを正直に告白している。
2008年4月22日
「山口地方競馬久々のビッグレース“衆議院山口二区おじんレース”の独断と偏見による勝ち馬予想。」
ずばり、 民主厩舎所属 ヒデオ号 平岡騎手が、ライバル自公厩舎所属 ハンタロウ号 山本騎手を一馬身以上の差をつけて快勝するので大した配当は期待できない。
何しろ自公厩舎の伊吹調教師が、調整の遅れとハンタロウ号はビッグレースには歳を取りすぎているとボヤいているくらいだから、本気で勝ちにか行っているとは思えない。
さらに馬場状況が、例えば“年金問題の不始末、道路財源関連のガソリン価格問題、75歳以上の特別高齢者からの健康保険料ブッタくり問題”等で、明らか に自公厩舎に強風が吹きまくり、ベテラン山本騎手の手綱さばきをしてもこのハンディを克服して僅差に追い込むのは厳しいだろう。
ところで自公厩舎の伊吹は“山口レース”の結果の如何に拘わらず、競馬ファンの意向を無視して老馬に戦いやすいようにルール改正を行う意向らしいが、そのような行動に対してファンは益々自公厩舎から離れて行くだろう。
話は少し逸れるが、最近自公厩舎所属の騎手不足で日本駄馬競馬会の運営が思うに任せないので、伊吹調教師は形振り構わず他厩舎の騎手を札束で引き抜きにかかっているとささやかれている。
民主厩舎所属で伊吹の絡めてでフラフラしているのが、先の“日銀総裁、副総裁杯”で民主厩舎に所属しながら自公厩舎所属の馬券を買った大江、藤原、渡辺、木俣、桜井等の阿呆騎手どもである。
騎手試験に合格して今日まで民主厩舎で数多くのレースを走らせてもらいながら、その大恩義を忘れて札束で簡単に乗り換えるような奴が大衆の為に命懸けで勝負できるわけがない。
どうしても所属厩舎の方針に異論を唱えるのであれば、一旦騎手資格を返上して仁義を切って再出発を図るのが筋ではないか。
現実の政界を見た場合に、先の参議院選挙で小沢民主党の強力な応援と支持で参議院議員の議席を取得しながら、バッジをつけたら手の平を返して議員を継続できる比例代表制は衆参ともに廃止すべきである。
2008年4月23日
「山口ビッグレースは我輩の予想的中、民主厩舎平岡騎手が快勝」
4月23日付の勝ち馬予想がこれほどピッタリ当たるとは予想を書いた我輩本人が些か驚いている。
平岡、山本両騎手の獲得票は平岡116000票、山本94000票である。
両者の得票率は平岡騎手が55%、山本騎手が45%だから鼻とか首の差という大接戦ではなく、やはり一馬身以上の差でのヒデオ号の快勝と言える。
今回の山口二区は先の市長選挙で自民党が勝利した岩国市を含む選挙区だから、地元の利益還元だけを争点にしておれば自民党が勝利してもおかしくない選挙 であるにも拘わらず民主党が勝利したことは、“後期高齢者健康保険制度や年金の不始末やガソリン価格問題”等が影響していることは明らかである。
今回の補欠選挙は正に全国民が注目した全国的選挙の縮図であることは明白であるのに、自民党選挙責任者の伊吹はあくまで一地方区選挙であることを強調しているが、これは伊吹の立場上の詭弁であることは理解できるが見方を変えれば“敗残の将兵を語る”情けない態度である。
選挙結果は明らかに現在の国民の民意であることは明白なのに、自民党は民意を無視して30日に衆議員でガソリンの再値上げを強行するらしいが、このような理不尽な多数決原理を民主党が阻止出来ないようでは民主党も参議院で勝利した価値が半減する。
自民党は郵政選挙で小泉が獲得した過半数と公明党の数合わせで、三分の二条項を楯に直近の民意を無視して強行採決を連発しているが、来年秋に任期切れ後の政治動向など眼中にない政治姿勢である。
成るほど政界は“一寸先は闇”というものの国家の命運を握る最高指揮官は来年の政局くらい見通して舵取りをしなければ国民が救われない。
我国にとって何も利益にならない狂人国家の下らぬ聖火リレーに大事な血税を浪費して協力し、大したハプニングが発生しなかったことをさも国家的行事を無事遂行し終えたかのように話していた高村など外相の資格皆無である。
他国の行事に構う暇と金があれば少しは国益を考えた行動をすべきであり、対外的な日本の外交の顔としても、力量的にもお粗末この上ない阿呆である。
2008年4月28日 元始求道会
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