「時事雑感」2010-10-06
落盤事故発生は現地時間8月5日(午後1時45分)(日本時間8月6日午前二時)頃だそうだから、我々日本国民が初めて情報に接したのは六日の昼ごろではないかと想像する。
チリ隣国のペルーとは日系三世元大統領のフジモリ氏の事件である程度理解していたので、その意味では位置的に把握することに役立った。
全て報道による資料を基にした我がボケ頭の中で一番関心を持ったのは、発生から外部との連絡が取れるまでの17日間を如何にして切り抜けたかである。
仕事中にいきなり落盤事故に遭遇し、娑婆との連絡を断たれた上に生存の可能性すら覚束無いかも知れないと言う不安、恐怖に突き落とされただろう、ということは我がボケ頭でも大いに想像できる・
その非常事態を切り抜けた最大の要因が、「一人の卓越したリーダーの指揮のもとに33人を3グループに分け、各班に班長を指名して各グループに毎日の仕事を与え全員が一致団結してもくもくと各自の役割を果たした結果である。」と解説している。
地上で政府が主導して国家的救助体制を敷き大統領自らが陣頭指揮したことが、成功の主要因であることは事実である。
しかしながらこれも地下の33人が信じられない精神的、肉体的苦痛を克服して生き延びたことが原点であることに変わりない。
いずれにしても救助成功まで70日前後を要したわけだが、この救出成功の結果チリのピニェラ大統領のやや低迷気味の支持率が、何と46%から一気に56%まで上昇したそうである。
日本国からはる遠くに位置するチリの政情など殆どマスコミが報道していないので承知していなかったが、チリの大統領任期は四年間の一期制度で報道によると現大統領は今年の一月に就任したそうだから残りの任期は非常に活動し易くなったことは間違いない。
中国漁船船長釈放問題や相次ぐチョンボの連発で支持率急降下の空き菅首相にとっては、チリのピニェラ大統領が羨ましくて仕方が無いだろう。
残念ながら日本国には炭鉱は全部閉鎖され、チリと同じような落盤事故など半世紀前の出来事で空き菅の思い?は空しい限りである。
それよりも菅自身が袋小路に追い詰められてお手上げ状態であることを自覚するために、チリの地下坑に降りて命の限界にチャレンジしたらどうだ。
2010年10月15日 元始求道会 毘沙門寺岡
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