毘沙門 寺岡の自己紹介など…。

2009年12月14日月曜日

09-12-06

「640人を引き連れて訪中した小沢の政治感覚に疑問」

  朝日新聞の報道によると訪中は総勢640人、内、国会議員は143人で衆議員116人、参議員27人、民主党全体の国会議員は422人なだから約34%が参加したことになる。
  日中友好平和条約締結10周年の翌年にあたる1989年、つまり小沢が四十代の若さで自民党幹事長に就任した時期から二十年間続けている「長城計画」の一環でもあると説明している。
  残りの約500人の随行員は国会議員秘書、地方議員、中小企業経営者、業界団体関係者などで、夫々何らかの思惑があって参加したのだろう。
  参加費用は一人二十万円とのことだから一億二千八百万円の大金である。
  他人の懐具合を詮索しても野暮だけど、小沢他数人の幹部連中は高級ホテルに宿泊しただろうが、陣笠どもは航空代金、ホテル代等を含めてお一人様十万円で御つりが来るくらいの実費ではないか。
  然らば600人の余分十万円で六千万円が小沢の懐に入る計算になるけど、“そんなせこい計算するな!”と天の声が聞こえそうなので止めとこう。
  そうや、コキントウ親分への貢物にも金が必要やわなあ。

  確かに小沢は48歳で当時の大自民党の幹事長になり、其の頃から田中角栄の後を継いでこの「長城計画」なる訪中を始め、今日まで所属政党は変わりながら継続してきたことは政治的運動の一環としての評価はするが、果たして国益という観点からどのていどプラスになったのか疑問である。
  報道によると小沢が自由党を創立した1990年代終盤頃、中国に対して結構批判的な発言をしていた時代には訪中しても指導部は全く無視したそうだから、今回の大歓迎振りは狐と狸の化かし合いそのものである。
  政治の世界は“一寸先は闇”だから権力を握ったときに力を誇示するのは勝手だけど、権力の行使には国益が伴わなければ権力者は単なる国賊であることを常に肝に銘じておくべきである。
  面白いには“鬼の居ない間の密談”ではないが、小沢が訪中した夜に待ちかねたように反小沢の渡部恒三元衆院副議長を囲んで岡田外相、仙石行政相、
 前原国交相、野田財務副大臣、枝野元政調会長等正に小沢と“反目”の錚々たる幹部連中がそれこそ密談したそうである。
  独裁国家でのクーデターは本人が外遊中に起きるものだが、日本では、、、?

    2009年12月11日  元始求道会 毘沙門寺岡

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