毘沙門 寺岡の自己紹介など…。

2009年9月24日木曜日

09-09-08

「野党に転落した自民党党首選のお粗末」

  タイトルに総裁と書かずに敢えて党首選挙にしたのは、自民党内部でも「野党に転落しているのに総裁は無いだろう」との意見が多いそうなのでその意見を尊重したわけである。
  倍以上の民主党でさえ党首なのだから、確かに二百名程度の野党の親分を総裁などと大仰に祭りあげるのを自民党員でさえ滑稽に感じているのだろう。
  それはともかく、暇つぶしに記者クラブ主催の自民党総裁選討論会を見ていたら、おぼろげながら今回の総裁選挙の実態が把握できた。
  口では解党的出直しといいながら相変わらず森以下従来の幹部どもが谷垣を支持し擁立している背景が浮き彫りにされた。
  今まであまり名前を聞いたことのない候補者の一人である西村は旧通産省(現産経省)出身の元官僚で、森の引きで政界に転じた男であり今回名目だけ町村派を離脱しているが森の子分であることは歴然としている。
  河野に言わせれば「若手を代表している河野の票を減らすための当て馬である」と、何故ならそれが証拠にもしも第一回の投票で谷垣、河野、西村の順位に終わって谷垣が規定票に達しかった場合、二、三位連合を組んで谷垣に対抗するかとの河野の問いに確約を避けて逃げ口上を並べた。
  我輩に言わせれば、町村とか伊吹等の比例で生き返った奴どもに一票を与えるのは理不尽で、奴らの票はせめて半票の計算にすべきである。
  森以下自民党の老いぼれ幹部どもは、沈没寸前の此の期に及んでも未だテメェ等の権力維持を画策しているのだから絶対に自民党の再生は不可である、と我がボケ頭は断言する。
  唯一の生き残り策は河野太郎を新党首に選ぶことである。
  確かに河野は形式だけは三代目の世襲議員であるが、日ごろの言動や行動からして単なるボンボンとは異なることは世間一般周知の事実である。
  それは別にして候補者三人が誰一人しゃべらなかったのが、十年の長きにわたり連立を組んだ公明党との自公連立政権の総括と反省である。
  我がボケ頭は自民党が国民に嫌われ、飽きられた最大の原因が思想も主義も政策も異なる公明党との過度の連携である。
  口では政教分離を唱えながら、選挙での創価学会の協力が欲しいだけに公明党の主張を受け入れ、国民政党の本文を棚上げした付けが大敗につながったことの反省無くして自民党の再生は絶対に無い。

      2009年9月20日  元始求道会 毘沙門寺岡

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